にっぽん丸 ニューイヤー グアム・サイパンクルーズ乗船記(2009年1月4日)

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9日目 横浜 入港 16時
八点鐘で目覚めると、本船はもう八丈島まで帰って来ていました。船長によると、冬型の気圧配置は少しずつ緩んでおり、昨日までの揺れはもうありません。

このクルーズで最後の朝食を摂りにダイニング「瑞穂」に行きました。夫は和食、私は洋食でした。野菜のスープ煮が美味しかったです。

大浴場も復活し、8時までの予定だったのをお昼までに延長したようです。結局今回は一度も入りませんでした。
9時からは最後のダンス教室で、ついにワルツを習うことになりました。残っている生徒が全くの初心者ではないため、ワルツの説明もかなり早かったと思います。一応NHKで習っていたので、廻る角度の確認が出来て良かったです。先生とも踊りましたが、ライズの所でぐっと勝手に持ち上げてくれる感じで、上手い男性と踊るのはこういうことなのか、と思いました。
10時に部屋に戻ってパッキングの仕上げを行い、10時50分に無事スーツケースをドアの外に出すことが出来ました。奥にある小さいのがKマートで購入したキャリーバッグです。
11時過ぎ、遠くに御蔵島と三宅島が見えていました。三宅島は約10km離れていました。
回収された荷物類は、2Fのメインエントランス付近に集められていました。外国の大型船は前日までに荷物を出さなくてはならないため、フォーマルナイトは入港の前々日になるのですが、小型の本船は荷造りをギリギリまで粘ることが出来るのです。
12時までブリッジ見学が出来るので、これも最後と行くことにしました。東京湾に入るのは14時頃の予定です。
ブリッジから戻って階段を下りたら目に入るこの風景も、しばらくお別れです。ついついセンチメンタルになってしまいました。
本船をローリング(横揺れ)から防いでくれたフィンスタビライザーです。この装置の発明により極端に船が傾くことはなくなりましたが、ピッチング(縦揺れ)だけは船である以上制御するのは難しいでしょう。

一週間以上過ごしていると、やはり第二の我家状態になりました。パッキングを終了しているので、かなり部屋は整頓された状態になりました。

このソファーも所狭しと物が置いてありましたが今はスッキリです。鏡餅は持って帰っていいものかわからず、置いていくことにしました。

朝のルームサービスが終わったので、冷蔵庫は満タンになっています。毎日この状態になっていたので、「それでは」とついつい飲み続けてしまい、今回は一度も禁酒日を設けませんでした。
13時から来年大改装する本船について、どういう風になるのか6Fラウンジ「海」で説明会がありました。今回私達の滞在したデラックスルームはバルコニーがつくそうです。また、ネット環境も良くなるであろう感じがしました。楽しみですが、デッキを走れない本船ではロングクルーズはちょっと厳しい感じがします。フィットネスも充実するようなので、それを見守りたいと思います。

13時頃浦賀水道航路に入りました。観音崎灯台をバックに、川崎汽船のコンテナ船「DURBAN BRIDGE」1,400個積みと行き交いました。

東海汽船の高速ジェットフォイル、セブンアイラント「虹」(左)と夢(右)です。時速40ノット(約75km)も出るので、新島まで2時間ちょっとで到達してしまいます。

「MSC SENTOSA」2,100個積みの香港−日本を結ぶコンテナ船です。MSCはクルーズ子会社を持っており、今年(2009年)7月には133,500トンの新造船、MSC SPLENDIDAを地中海に就航させる予定です。イタリアの船なので、食事に期待出来そうです。
いつの間にか船尾に日の丸が翻っていました。後方に見えるのは房総半島です。流石に湾内にうねりや波はありません。
商船三井のMR(ミッドレンジ)タンカー「HOUYOSHI EXPRESS」。本船と同じ、オレンジ色のファンネルです。
日之出郵船の貨物船「MUROTO」。クレーンは100トンを吊り上げる能力があり、インド航路に就航しているようです。
クルーズもいよいよ終わりが近づいてきました。14時50分、入港予定まであと1時間ちょっとですが、GPS画面ではほとんど横浜港です。
メインマストには「本船は大桟橋に繋留する」という信号機が掲げてありました。日の丸みたいな旗は数字の「1」を表しているのですが、残念ながら意味がわかりません。
15時ちょっと前にタグボートが近寄ってきました。機会があったら是非乗ってみたいです(機会なんてある訳ないですが)。
ブリッジも今が一番緊張する時間です。理由はわかりませんが、ここで本船はしばらく行き足を止めました。

10分ぐらいして、再び始動しました。夫が「こういう時は黒煙をはく」と言ったのでカメラを構えていたら本当に黒い煙が出てきました。これはほんの一瞬で、その後何事もなかったように煙の色は元に戻りました。

横浜ベイブリッジが近づいて来ました。いつの間にか日は大分傾いてしまいました。
二年連続でこうして1月4日にベイブリッジをくぐることが出来て、本当にラッキーでした。
大桟橋には一足早くグアムから入港した「飛鳥U」と、本船と同じ12月27日に出港した「ふじ丸」が停泊しているのが見えています。豪華日本船三船の揃い踏みです。
本船は16時に入港した後、18時に神戸に向けて出港する予定ですが、このまま右舷着岸するようです。
「飛鳥U」とこのクルーズ二度目のランデブーです。お互いうねりまくっていた北太平洋の荒波を乗り越えて来ました。
ほぼ定刻の15時55分に着岸しました。これから入国審査があり、すぐには下船出来ないので6Fのラウンジでコーヒーを飲むことにしました。
予想より早く16時半に下船案内がありました。第二の我家を後にします。次にこの船に戻って来るのはいつになるでしょうか。
お世話になったオフィサー達(左から船長、機関長、クルーズコンシェルジュ)に別れを告げ下船しました。
名残惜しく本船を見上げました。このフネは食事と雰囲気が素晴らしいと思います。
パスポートを返却してもらい、荷物を取りに行くと部屋番号ごとにカートにセットしてありました。
税関を抜け、大桟橋下の駐車場に向かいました。思ったよりは手前にありましたが、横にベンツが構えている、夫拘りのスペースです。そのベンツは夫の読み通りずっとそこにいたようで、これなら私達の車が傷つく筈はありません。
「これだよ、このベンツはもしかしたらにっぽん丸の乗客のものじゃないかと思ったんだ」と夫はしてやったりの得意満面です。旅の締めくくりにすっかり気分を良くした夫だったのでした。【2009年5月記】