1日目 8月14日(土曜日) ロッテルダム 出港17時
ツアーの集合時刻は10時20分で、それまでは自由時間です。乗船した日は避難訓練やら出港の儀があるため、朝一番に走っておくことにしました。
灼熱の東京と違い、外に出るとひんやりしています。フロントでジョギングコースは?と尋ねると道を渡ったら赤いパスがあるからそこを、と言うのは自転車専用道路を適当にという意味でした。そういえばオランダは自転車王国で、専用道網が充実しているのです。
夫の本能の趣くままのコースについて走っていくと、かなり大きなエンジン音が聞こえてきました。とKLMオランダ航空のB-747がこちらに近づいて来ていて、目の前にある高架の誘導路を通るようです。カメラを持っていなくて残念でしたが、翼の先端は誘導路からはみ出ていたため、大きなエンジンが頭の上を通過するのを大興奮して見上げました。
40分程で切り上げ、たっぷりと朝食を摂りました。オランダは酪農王国なのでミルク、ヨーグルト、チーズとハム類を意識して盛り付けました。
10時半過ぎにホテルを出発し、のどかな田園風景の広がる高速道路を走ってロッテルダムを目指しました。現地の日本人ガイドの男性が同行し、添乗員さんのサポートのほかロッテルダム、オランダの話をしてくれました。ロッテルダムは空襲で古い建物がほとんど残らなかったため、逆に現代建築の宝庫となったそうです。

50分程でロッテルダム市内に入りました。時間に余裕があったのか、いくつかの変わった建物を見て回りました。

そしてエラスムス橋(Erasmusbrug)に差し掛かると、本船「ウエステルダム(WESTERDAM)」が見えて来ました。個人旅行だとここまで来るのに一苦労するところでした。
本船の母港であるロッテルダムに係留されている姿というのも、いつも見られるものではありません。
12時ちょっと前にクルーズターミナルに到着し、バスを降りました。
乗船受付が何時からなのか調べもしていませんが、既に大勢の人が手続き中でした。個人手配だとこの部分は結構気を遣う部分でも、今日はすっかり添乗員さんにお任せで気楽です。
建物の外で荷物を預けてまず乗船券とIDのチェックがあり、ここで赤いタグを配られました。乗船手続きは船会社によって異なりますが、ホーランド・アメリカではこのタグの色を呼ばれたら受付の列に並べる仕組みでした。
30分程でコールがかかったので受付をし、乗船IDとセットで船会社が記録する顔写真もここで撮影されました。
いよいよ伝統のホーランド・アメリカ・ラインに乗船です。本船「ウエステルダム」はホーランドアメリカが保有する「ビスタ・クラス」と呼ばれる船隊の3番船で、「西のダム」という意味です。同型の姉妹船3船も同様に東「OOSTERDAM」、南「ZUIDERDAM」、北「NOORDAM」と名付けられているのが特徴です。

これら4船のベースデザインは同じカーニバル帝国の他船にも利用されており、キュナードの「クイーン・ヴィクトリア」「クイーン・エリザベス」、P&Oの「アーケィディア(ARCADIA)」などかなり雰囲気が似ているのがわかります。
13時頃乗船しました。部屋はまだ準備が出来ていなかったため、そこらを探検してて時間を潰すことにしました。
まずは屋上(11F)にあたる「オブザベーション・デッキ」に出て濃紺と白に塗り分けられたファンネルをチェックです。元々は1837年創業の大西洋横断サービスを行っていた伝統を感じさせる、ファンネルマークが付いています。
それから船尾を見に行きました。本船の船籍を示す大きなオランダ国旗がロッテルダムで誇らし気にはためいています。日本のフネは「飛鳥U」も「にっぽん丸」も国旗の位置が低すぎる上サイズも小さ過ぎだと感じます。

しっかりとチーク材を張っていることといい、全体的に伝統を感じさせる落ち着いた雰囲気でとても気に入りました。

13時半頃、本船の前方(川の上流)にあるエラスムス橋(Erasmusbrug)の可動橋が上がるのを見る事が出来ました。待ちかねていたように小さなヨットが通航していきます。
14時ちょっと前にすべての部屋の準備が整った、とクルーズディレクターからアナウンスがあったので、8F「ナビゲーション・デッキ」にある部屋に行きました。外国船では少々贅沢をしていい部屋を取るので、やはり広さは十分です。ベッドアレンジが例によってツインになっていたので、これは部屋係にダブルにするようお願いすることにします。
パソコンスペースも十分にあって、ベッドからの距離も随分あります。バスローブがかけてありますが、これは普段着慣れないので今回もほとんど使わないでしょう。
ベランダも部屋のスパンが大きい分広さがあります。この上は「リド・デッキ」なので、天井が大きくせり出して上方の視界はあまり良くありません。これは外国船では何度か経験しています。

バスルームは2つのシンクがあり、これはかなり便利です。またジャグージー付きのバスタブの他独立したシャワースペースがあるので、日本式に洗ってから湯船に浸かることが出来るのがポイントです。
それから、外国船はアルコールの持ち込みが出来ないので予めオンラインでビールとワインパッケージ(ナビゲーターズ、7本でUSD228.85)を購入してあります。ハイネケン6缶(USD23)、ミラー1ダース(MGD、USD21.85×2)が並べて置いてありました。これは部屋にある冷蔵庫で冷やしておくことにします。ウエルカムシャンパンは旅行会社のサービスみたいでした。
スーツケースがまだ届かないので、また探検に出かけました。一番気になるジョギング場所ですが、3Fの全通プロムナードデッキの外板に3周で1マイルと貼ってあったので、ここで走れそうです。チーク張りでいい感じです。

15時半から添乗員の人からの説明会があり、船内生活についてや、オプショナルツアー、寄港地情報などについて聞くことが出来ました。
避難訓練は16時20分から、最近はライフジャケットを着用しなくても良くなったようです。再三「ライフジャケットは着用しないで来て下さい」とアナウンスがあったにもかかわらず、着用者が多かったのは「老人は人の話を聞いてない」のが万国共通だからでしょうか。本船は老人比率がかなり高いです。
17時の出港時刻となりました。9F「リド・デッキ」の後方でボン・ボヤージパーティーがあったのですが、部屋が岸壁側だったのでとりあえず離岸はここで見守ることにしました。
岸壁では、木靴を履いた男声合唱団が「錨を揚げて」を歌う中、ディーゼル・エレクトリックのアジポッド2機を持つ「ウエステルダム」はスルスルと軽やかに岸壁を離れていきました。
先ほど右側の可動橋が跳ね上がったエラスムス橋が見えています。くの字型の美しい斜張橋部分の優雅さから「白鳥」という別名を持っています。
十分後進したところで右回頭を始めました。大きな影が迫力あります。そして出港の汽笛は厳かに長声3発かと思ったら、長短混ぜて鳴らし続けました。
食事はメイン・シーティングなので17時半からですが、これでは出港の儀をミスしてしまうとメインダイニングでの食事はいきなりスキップすることにし、最初は部屋のバルコニーから、その後すぐに11Fに上がりました。先ほど離れた岸壁の下流側には1901年に建てられたホーランド・アメリカの旧本社ビルがあり、現在はホテルになっているそうです。「HOLLAND-AMERIKA LIJN」の文字が見えました。

フネが前進し始めて少しすると、左舷にキレイなシアラインのフネが見えました。「ROTTERDAM」(ロッテルダム)と書いてあるこの船は1959年建造のホーランド・アメリカラインのオーシャンライナーで、現在は博物館とホテルになっている、本船の大先輩です。

17時半を過ぎて、プールサイドからバーベキューのいい匂いが漂い始めました。歓送放水も始まり迫力がありました。
放水の下は水がカーテンのようになり、奥のロッテルダム港ばら積み埠頭(Rotterdam Bulk Terminal)が白く霞んでいます。

本船が下るニューウェ・マース川(Nieuwe Maas)はライン川がこのあたりの三角州に流れ込んで分岐した川で、ロッテルダムの港湾施設が連なっています。係船された貨物船も見所のひとつです。

MAERSK TUKANGは8,100TEUケミカルタンカーCONTI AGULHAS2004年出来パナマックスPERLA BULKER

それにしても本船の汽笛は凄かったです。これでもか、とばかりに「ボーボー」「ボッボッ」と重厚な音を周囲に響かせていました。あちこちで色々な人が手を振って見送り、行き交う小さなフネと汽笛を交換しつつ、しずしずとニューウェ・マース川を下る本船はとても綺麗だったことでしょう。船籍がこのロッテルダムで、そのロッテルダムから出港するシチュエーションはなかなかだと思いました。
出港をたっぷり見て、18時半ころそのままプールサイド(リド・プール)になだれ込んで夕食にしました。
デッキのバーベキューはクルーに取り分けてもらう方式でした。「ギリシャ風のサラダ」だとか指定するのが面倒でしたが、プレミアム船ならではのサービスでしょうか。夫の調子があまりよくなかったみたいなので、合わせて私も腹6分目ぐらいにしておきました。
控えめの食事でもデザードは別物です。バニラアイスにチョコレートファッジとマカデミアナッツをたっぷりとトッピングしてもらいました。
本船のクルーはとてもフレンドリーです。カメラを向けるとニッコリとポーズをとってくれました。
19時頃再びデッキに戻り、ヨーロッパ一のロッテルダム港をじっくりと堪能しました。河口近くのユーロポートにいたP&Oフェリーの「PRIDE OF HULL」は、イギリスのハル港とロッテルダム航路に就航しているフェリーです。
コンテナターミナルも先ほどのフェリーと同様河口付近にあったようです。折りしも雲間から柔らかい日差しが海面に届き、オランダだけにレンブラントの絵画のようでした。
19時半頃最後の堤防(Noorderdam)を交わして外海に出ました。
部屋に戻ると、置手紙で依頼しておいた通り、無事ベッドがダブルになっていました。80cmのベッドをそれぞれ使うより、160cmのベッドの方が広く使えるのでこのアレンジの方を好んでいます。
それから寝る前のチョコレートが置いてあるのがやはりヨーロッパ風でした。昼間から置いてあったタキシードチョコレートと共に食べることにしました。
時差ボケがあり少し眠かったのですが我慢して、お風呂をためて温まりました。高緯度のヨーロッパは20時半になってもまだ日が沈みません。
明日の寄港地は英領ガーンジー島なので、時刻改正があり時計を1時間戻しました。