42日目 5月14日(土) ルーアン 入港14時40分 出港--時 日出6:18 日没21:34
寄港地情報入国審査言語英語通貨港の位置ツアー発時シャトルバス
船側で一括英語ほか通じるユーロ中心部から3km15:05〜ピュセル広場近く
航海情報天候気温正午位置風向風速船の揺れジョギングデッキマシン陸上合計デッキ累計距離累計
晴れ14.5℃49-29N 000-54E北北西5m/sなし --8km8km399周223km
船内情報講演等イベントメインショードレスコード食事情報ランチ(6F)ランチ(11F)ディナー
--ローカルショーカジュアル掻き揚げ丼洋食和食
朝、通常は8時50分の船長のアナウンスが7時に入り、もうすぐセーヌ川の河口に入るとのことでした。完全に熟睡モードだったので目が開きません。夫のみがスカっと起床して張り切って入港ワッチに出かけていきました。
早速目ざとく日本のコンテナ船をみつけたようです。青い船腹に白く「MOL」と書いてある商船三井です。
11F「パームコート」に行ったようで、そこから格安フェリー会社LDLinesのフェリーを撮影していました。イギリスのポーツマスとフランスのルアーブルを8時間で結んでいます。船名は定かではありませんが「NORMAN SPIRIT」と思われます。
ルアーブルはフランス最大の貿易港だけあって大物も荷役をしています。「CMA CGM PEGASUS」は8,900個積みで長さは366mもあります。もちろんパナマ運河は通れなりオーバーパナマックスです。
8時近くになって漸く目が開きました。するとバルコニーの窓一杯にプロダクトタンカーが反航する夢のような光景が広がっており、慌ててカメラを掴んで撮影しました。船名「ΦΟΥΡΝΟΙ」も船籍港「ΠΕΙΡΑΙΕΥΣ」もギリシャ語で読めません。後日通常のアルファベットに変換してみたところ「FOYRNOI」「PEIRAIEYS」、英訳では「FOURNI(フルニ)」「PIRAEUS(ピレウス)」であることがわかりました。フネは2010年出来でまだピカピカ感がありました。
右舷にいた「SILVER EXPLORER」は、北極海や南極海も航行出来る小型の探検クルーズ船です。

8時15分頃ノルマンディー橋(Pont de Normandie)を通過しました。1995年に開通したまだ新しい橋で、セーヌ川右岸(北側)のルアーブルと左岸(南側)のオンフルールを結ぶ斜張橋です。しまなみ街道にある多々羅大橋(愛媛県大三島と広島県生口島間、890m)に次ぐ、中央経間856mは世界第三位だそうです。

ワイヤが細いとても繊細で美しい橋でした。寄港日は本当は早起きして身支度やら食事やらをしっかり済ませた後に、景色を堪能したいのですが、早起きする根性がありません。
河口から少し遡り、両岸が近づいてすべるように田園風景が流れていきます。リスボンのテージョ川も綺麗でしたが、フランスのこの田園風景はまた違った美しさがあります。

景色に見とれて食べそびれるといけないので8時半過ぎに11F「リドガーデン」に行きました。夫は野菜が中心で、私は今日もツイストバターロールがメインです。

食事を終わって船尾に出て行くと、少し前にくぐり終えたタンカルヴィル橋(Pont de Tancarville)が見えていました。東京のレインボーブリッジと同じ吊橋でサイズも同じぐらいです。
左舷にタンカルクヴィル城(Château de Tancarville)がゆっくり動いています。12世紀からの城ですが、今は廃墟のようです。

右に左に印象派の絵画を切り取ったような風景が続いています。民家も趣きがあり、300年ぐらいは経ってそうです。

客船で川の奥深くに入るのは初めてですが素晴らしい体験です。水平線を眺めるのも良いですが、移りゆく景色も最高です。
10時頃「MARIA THERESA」というデンマーク国籍のケミカルタンカーと行き交いました。ハプスブルク家の偉大な女王の名を冠したフネは満載のようです。
ヨーロッパで田舎道を走ると街が途切れて街道だけになって、しばらく進むとまた次の街があってという繰り返しですが、川でも同じです。客船だと川の両岸が見えるのと、高い位置から見えるのがプラスアルファでした。10時5分頃ヴィルキエ(Villquier)を通過しました。「レ・ミゼラブル」の作者ヴィクトル・ユーゴーゆかりの地で博物館もあるそうです。
10時10分頃、パイロット船が近づいてパイロット(水先案内人)が乗り移って来ました。

10時18分頃、左舷にコードベック・アン・コー(Caudebec-en-Caux)が見えて来ました。美しいリバークルーズ船「Bizet」が停泊しています。パリとノルマンディー間のセーヌ川クルーズ用です。

コードベック・アン・コーの教会は16世紀の建築で、この街のランドマークになっています。フネから見る限り、見事なまでに近代的な建物が見当たりません。
10時25分、ブロトンヌ橋(Pont de Brotonne)を通過しました。この時は部屋にいたので片側しか見えませんでした。ずっと外にいると興奮もあって疲れるのでたまに部屋に戻るのですが、そうすると片舷の景色しか見えないのですぐにまた外に出ていくことになります。
ドイツの会社が運航するケミカルタンカー「CHEMTRANS ELBE」とは11時過ぎに行き交いました。長さ128m、幅20m、喫水6.7mのフネと狭い川でさほど速度をゆるめずにすれ違うのは想像以上に気を遣うだろうと思います。ブリッジのウィングでクルーがしっかりとCPA(最接近距離)をチェックしています。
本船は10〜12ノットぐらいで走っているのだろうと思いますが、ゆるい引き波が川岸に当たっていわゆる波線のようになっているのに気付きました。

本船が通航するのを予め知っていたのか、川岸に出て来て手を振ってくれています。川岸から見上げた本船はとても美しいことでしょう。

ほどなくヘリコプターの音が聞こえてきました。本クルーズ二度目のヘリコプターからの空撮です。
北フランスのこの辺りはイギリスのドーバーのホワイトクリフと同様、石灰層で形成されていて、このセーヌ川でもところどころ真っ白い崖が露出していました。

それにしても古い民家が多く、そのまま建物博物館に持って行きたいようなかわいらしさでした。

11時50分頃から左舷にデュクレール(Duclair)が見えてきました。
船内放送の案内も特になく、ふと外を見ると町だったという感じなので、油断していると気付かないままあっと言う間に通り過ぎてしまう感じです。

正午を過ぎたので夫が昼食に行きました。本日のメニューは
御飯物 掻き揚げ丼
酢の物 海月胡瓜酢
汁物   豚汁
香の物、デザートでした。

6F「フォーシーズンズ・ダイニングルーム」は水面に近い場所にあるので、ここからの景色はリバークルーズ船のものに近いと思います。ノルマンディー地方でセーヌ川を進みながら純和食を食べる贅沢さは、ある程度歳をとるまではわかりませんでした。日本に帰ればいくらでも食べられるのに、どうしてわざわざ海外で和食を食べたがる人がいるのが若い頃は理解出来なかったからです。
食事を終わって12時半頃一旦部屋に戻ると、見慣れた水平線ではなく陸地が流れているのが新鮮です。
セーヌ川は日本の川ではあり得ないほど大きく蛇行しているので、フネが変針して回るのも楽しみの1つです。
左舷の田園風景に比べ、この辺りから右舷はコンテナヤードやグレインターミナルが並ぶ地帯になりました。あと1時間で入港予定なのでルーアンはもうすぐそこなのでしょう。
上流からやってきたコンテナ船「NAUTICA」とすれ違いました。後部に積んである乗用車はプジョーのクーペです。

帰りは逆になるので同じことですが、左舷と右舷でかなり雰囲気は違います。とりあえず田園風景が長く続く左舷の部屋でラッキーでした。

渡し船が本船の通過を待ってスタンバイしています。ヨーロッパの河川ではこうした簡易フェリーのようなフネが多く見られます。道路がそのまま船に繋がる感じの乗り場です。
13時50分を過ぎて、ようやくルーアンの港が見えて来ました。14時着岸予定なので、いつの間にかちょっと遅れ気味になっていました。
夫の双眼鏡や、カメラの望遠で撮影するとルーアン大聖堂もわかるようになりました。ルーアンは30年近く前の1983年の元旦に実家の家族で来た思い出深い場所です。当時住んでいたロンドンから大晦日にフェリーでサザンプトンを出て翌早朝にルアーブルに着いてしまい、モンサンミシェルに行くにも早過ぎるだろうと時間調整のため消去法的に近隣の都市であるルーアンに行き、どこも開いていなかったので結局大聖堂だけを見に行ったのです。
14時を過ぎ、着岸する岸壁に大分近づきました。穀物荷役をしている貨物船「LILY BOLTEN」を過ぎたあたりで左舷入船着岸するそうです。夫によるとこのフネはハンブルクのAUG・ボルテン社(AUG. BOLTEN)のものだそうです。
セーヌ川のパイロットもなかなかカッコ良くて雰囲気があります。浅井船長はリスボンの時は半袖の白い制服でしたが、今日は気温が低いためかバッチリと紺のジャケットです。
岸壁のメインポールに日本の国旗が掲揚されているのが見えて心遣いに嬉しくなります。写真の中心部にゆっくりと向かっています。
岸壁を見るとTVの取材クルーが歩いています。着岸するシーンを「間もなく、日本からの客船飛鳥Uがルーアン港に着岸します。ルーアンはこれから秋にかけて数十隻の客船の入港を予定しており、本格的なバカンスシーズンの到来を告げています」等と言いながら撮影したかもしれません。

風が強いためか着岸が難航しています。オモテ(艏)の係船索はビットにかかりましたが、トモ(艉)が近寄っていきません。

すると直後に岸壁に向かって割とぐいっと突っ込み、岸壁ではなにやらもめている様子です。がとりあえず係船作業を継続しています。
パイロットが苦笑いしたように思ったのですが、ジェスチャーから岸壁自体が川に沿って微妙に湾曲しているらしいのです。そこに突風が吹いて本船が一旦岸から離れたのをタグが押したから?かどうかわかる筈もありませんが、結局14時半過ぎにようやく着岸しました。
下船が出来るようになってもツアーに出かける人で混んでいるだろうと思い、着岸直後に「パームコート」に行ってケーキとクッキーを食べることにしました。天井が低くなければ外に緑が見えてまるで陸上のカフェにいるような雰囲気です。
それから皆が下船した15時半頃を見計らって、横浜を出港して以来初めて陸のジョギングに出かけることにしました。本船のわき腹を見ると、先程の着岸時にやはり岸壁を擦ったらしく、みみず腫れみたいな状態になっていてかわいそうでした。
港を出ると25年ぶりのフランスです。フネで配られた簡単な観光案内地図をたよりに本船を後にして、セーヌ川沿いにルーアンの中心部を目指すことにしました。
ジョギングをするようになって7年経ちましたが、こうしてノルマンディーのセーヌ川岸を走るようになるとは夢にも思いませんでした。見えている橋はウィリアム征服王橋(Pont Guillaume le Conquérant)という名前で、流石ノルマンディー公の地元です。気温は15度ほどですが雲の動きが早く、太陽が出ていると暖かいのですが陰ってしまうと寒い感じでした。
ジャンヌ・ダルク橋(Pont Jeanne D'arc)も越え、ボワルデュー橋(Pont Boieldieu)のあたりで川から離れ、中に入って行くとノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Rouen)が見えて来ました。
その前の広場では「プチ・トレインと旧市街」という本船からのツアーで使用する車両がスタンバイしていました。乗客も既に乗り込み、先程のテレビクルーが取材していました。

ルーアンの大聖堂は世界遺産にこそ登録されていませんが、シャルトル、アミアンと共にフランスの三大大聖堂に数えられています。モネが30余りの連作をしたことでも有名です。久しぶりに大聖堂(司教座が置かれた聖堂)を訪れたのですが、重々しさに圧倒されました。

大聖堂から大時計通り(Rue du Gros-Horloge )に入ると歴史的な建物が並んでいるショッピング街になっています。建物はイギリスのチューダー様式(ロンドンのリバティ百貨店のような)と雰囲気が似ています。その先に16世紀の大時計台(Gros-Horloge)が構えていました。

土曜日で晴れているせいか、かなりの混雑だったので人混みを嫌う夫は早々にコース離脱して、大時計をくぐる前に右折してしまい、その先には立派な裁判所(Palais de Justice)がありました。
裁判所の前の道を左に曲がってさらに進むとジャンヌ・ダルク通り(Rue Jeanne D'arc)との角に見慣れたパン屋の看板が。3ヶ月前東京の地元にも開店した「PAUL」でした。本場フランスの店だということを疑っていた訳ではありませんが、こうして実際に店を見ると次に日本で店に行く時にはルーアンを思い出しそうです。
道を更に進むと旧市場広場(Place du Vieux-Marche)があり、実際に市場もありました。市場のチェックは欠かせません。西欧の市場はまず獣臭が飛び込んできます。
やはり迫力の塊肉海老類は種類が豊富ムール貝は1kgが€5
今が旬のホワイトアスパラガスチーズは白カビ系が目立つちょっとしたお惣菜系も
市場見学を終え、そろそろ「飛鳥U」に戻ることにします。この広場はジャンヌ・ダルクが火刑に処せられた場所でもあり、彼女を慰めるためにジャンヌ・ダルク教会(Eglise Ste-Jeanne d'Arc)が建っています。

セーヌ川に出るとリバークルーズ船が停泊しているのに出会えます。「AVALON CREATIVITY」はハンブルク籍のドイツ船、「SEINE PRINCESSは」ストラスブール籍の地元フランス船でした。背が低く前から撮影するとあまりカッコがよくないため、船尾からの写真です。

結局フネには17時15分頃戻り、2時間弱で走った距離は8km、効率良くジョギングと観光が出来ました。一風呂浴びてサッパリした後はバルコニーでビアタイムです。
今日の夕食は外で食べると決めており、ジョギングの際も良さそうな店をチェックしていたのですが、いくらでもありそうだったので結局目星も付けず、中心部にはタクシーで行こうと決めていました。が、ドレスコード「インフォーマル」ぐらいの服装で19時頃下船するとタクシーはおらず、クルーズターミナルにいた観光局の人に呼んでもらえるか英語で聞いてみることにしました。
すると親切にも「我々は中心部に戻るところなのでよろしかったらどうぞ」と乗せてもらえることになりました。クルマのドアを開けて「マダ〜ム」と言われちょっと嬉しい感じです。名刺をもらったらルーアン観光局のジェネラル・マネージャーだったのですが、彼一番のお薦めレストランということで「La Couronne」(ラ・クローヌ)を教えてもらいました。何でも1345年の創業でフランスで一番古いとのことでした。
ということで「あの旗の沢山出ている建物ですよ」と先程訪れた旧市場広場で降ろしてもらい、店に行ってみました。
カードは利くか、予約はないが大丈夫かを確認し、二人の席ですね、ということでうす暗い1階の席に通されました。フランスではメニュー選びも食事のうち、というのをすっかり忘れ、時間をかけずに割とさっさと注文してしまいました。€25と€35と€48のコースがありましたが、前菜とメインの組み合わせがいまひとつだったので結局アラカルトにしました。

食べる前からして既にこのボリュームです。「飛鳥U」の食事は少な過ぎて足りないと思い始めていたので今日は期待出来ます。
まずメニュー外のAMUSE(アミューズ)が出て来ました。アボカドサラダのような感じでした。
SEAFOOD AND SHELLFISH
SCAMPI IN WHITE SAUCE AND FRIED VEGETABLES 28€

STARTERS
DUCK FOIE GRAS DUET 26€
GRANITE
ノルマンディー地方の名産カルヴァドス酒(りんごを原料とした蒸留酒)で作っています、とボーイさんが教えてくれました。このボーイさんは日本にいたことがあるらしく「メシアガレ」など少し日本語を喋りました。

この段階でフォアグラの日本の4倍はあろうかという予想以上のサイズにより、早くも満腹感がやってきて嬉しい悲鳴です。しかし、グラニテの後に運ばれてきた牛肉(二人前とはいえ)のあまりの大きさに、見ただけで戦意を喪失してしまいました。
THE COURONNE SPECIALITIES
GRILLED RIB OF BEEF FROM NORMANDY WITH BÉARNAISE SAUCE 30€
PAR PERSONNE POUR DEUX

野趣溢れるノルマンディー産のビーフはとても美味しかったのですが、3分の2食べたところでギブアップしました(写真は一人前に取り分けてもらった後)。でもデザートは別腹です。
SAVOURS & SWEETS 13€


ICE CREAM AND WATER ICE WITH SEASONAL FRUIT

SOUFFLE NORMANDY STYLE
カルヴァドス酒で香り付けしたノルマンディー風スフレ
シメにPETITS FOURS(プチフール)まで出てきましたが、流石にもうコーヒーすら飲めなくなっていました。
店の雰囲気、サービス、料理、ワインとすべて揃って2万円とは日本の感覚からすると素晴らしいコストパフォーマンスでした。私達は1Fでしたが、2Fはツアーの団体客も入ったりしているようで、下調べもせずに行った割には大当たりでした。流石観光局の人が薦めるだけのことはありました。

「久しぶりの満腹(2011年5月16日)」
店を出たのは21時半で、ちょうど日没の時刻になりました。満腹感がおさまりそうになかったので、ちょっと寒かったのですが船まで歩いて帰ることにしました。
段々暮れていくセーヌ川はとてもロマンチックです。橋もライトアップされ、ムードがあるのですが、それにしても気持ち悪いくらいに満腹です。店のマダムが私達が残したのをチラっと見たので「美味しかったけど満腹で」「わかるわ。私達(フランス人は)沢山食べるのよね」と言われたのですが、それにしても凄いボリュームでした。
段々とライトアップされた「飛鳥U」が近づいて来ました。とても綺麗ですがお腹が苦しいことの方が記憶として残りそうです。
セーヌ川の川岸をゆっくりと50分かけて歩いた先には日本が待っています。客船の旅はとても贅沢です。